2021年3月22日(月)放送のNHKプロフェッショナル仕事の流儀をたまたま視聴したところ新世紀エヴァンゲリオンの総監督 庵野秀明さんの回だった。
あまりメディアに出てくる方ではないだけに、興味深く視聴しました。
その際に、庵野さんがエヴァの最終回後に、インターネット掲示板にどうやって庵野さんを殺害するかという内容のスレッドが立てられて、議論されている様子を眺めて2回自殺を考えたという話があった。
私は作り手は必ずしも受け手のことを考えて作品作りをしているわけではないと考えていますが、実際に作ったものが受け手にどのように受け取られたかをまったく気にしないという作り手はいないのではないかとも考えています。
庵野さんは、どちらかというと自分の作りたいものを作りたいように作っているアニメーターという認識をしていたところに、前述の話が出てきて、庵野さんもやっぱり受け手の感想とか気持ちが気になるのだと認識しました。
エヴァンゲリオンは25年前の放送当時かなりの社会現象を起こし、その人気は最新の劇場版が放映されている現在まで続いています。
私も当時高校生の時に、毎週の放送を楽しみに観ており、正直TVシリーズの最終回、前回の劇場版の最終回にはがっかりしたというのが本音です。
最終回まであれだけ盛り上がらせておいて、最終回のあの展開は、ある意味最高のカタルシスだったのかもしれませんが、期待度が高かっただけに、その衝撃は今でも忘れられません。
この時の感情は、「木根さんの1人でキネマ」第3巻のエヴァ回を読むと鮮明に思い出せます。別に読まなくても思い出せるけど、わかる度がハンパないです。
以上のような受け手の感情は、作り手にも厳密には関係ありませんが、作り手と受け手の感情を併せて作品になるとも考えています。
従って、作り手の想い、受け手の想いは作品作りには双方必要だと私は考えています。
ただし、この放送で語られたような受け手の期待を裏切ったからといって、作り手に全ての責任をなすりつけ、あまつさえ殺害について検討するということを考えるというのは、受け手の感情の発露を探る行為として私は最低であるとは言っておきたいと感じました。
作り手は、受け手にとっては神にも等しい存在だとも思っております。
一度でも作品を作ろう、作ったことがある方はわかると思いますが、何かを作り上げるというのは大変な苦労の上に成り立っています。
作り手は好きだから作っているということもありますが、作り手の作品を楽しむか、楽しめないかは受け手の自由ですが、結果として作り手自身に言及して貶めるという行為は何も生み出さないので、必要ありません。
作品自体の良し悪しのみで語るべきだと考えています。
芸能人のスキャンダルやバッシングなど、匿名掲示板ができてから、受け手の感情が時として少しおかしな方向に発現してきていると感じています。
作り手の尊厳を守りつつ、受け手としてのプライドをもって作品を楽しんでほしいものです。
さて、新劇場版最終作はいつ観に行こうかな。